【ソウル=恩地洋介】韓国大統領選は10日、保守系野党の尹錫悦（ユン・ソクヨル）氏が激戦を制した。新政権は米国重視へ回帰し、日米韓の安全保障協力が外交の軸になりそうだ。中国やロシアに曖昧な姿勢を取った文在寅（ムン・ジェイン）政権の方針は修正されそうで、東アジアの安保環境にも変化をもたらす。
10日未明に勝利宣言をしてから約5時間後、尹氏はバイデン米大統領と電話した。バイデン氏はミサイル発射を繰り返す北朝鮮対応を巡り「日米韓3カ国の緊密な調整が必要だ」と念を押した。
当初は11日に電話する予定だったが、米国側の要請で早まったという。米国はロシアのウクライナ侵攻への対応で手いっぱいだ。北朝鮮や台湾海峡で緊張を高める東アジアが「力の空白」に陥る事態を懸念する米国の危機感がうかがえる。
尹氏はバイデン氏に「これからも朝鮮半島に関心を傾けてほしい」と求めた。その後の記者会見では「韓米関係を再建し、包括的な戦略同盟を強化する」と語った。尹氏は公約で、日米豪印の枠組みであるQuad（クアッド）との連携などをうたっている。
「反・文政権」の象徴として大統領選に臨んだ尹氏は、日韓関係を悪化させた文氏を批判した。北朝鮮と対峙し朝鮮戦争後の発展を担ってきた韓国の保守勢力は、日米との信頼関係を損ねた文外交に強い焦りを覚えていた。
保守系の視点ではロシアに侵攻されたウクライナ情勢もひとごとには映らない。尹氏はテレビ討論で、ウクライナの教訓として「平和は確実な抑止力があってこそ維持される。確かな力と強力な同盟が必要だ」と訴えたことがある。
文政権はシベリア鉄道と北朝鮮の鉄道を連結させる構想にこだわった。当初、ウクライナ侵攻に絡むロシア制裁への賛同に慎重だったのは、この構想が影響した可能性もある。尹氏は公約で文政権の対ロシア政策の見直しにも言及した。
韓国が米国や日本に接近すれば、東アジアでは今後、民主主義の価値で連携する日米韓と、強権的な政治体制を加速する中国、北朝鮮、ロシアとの対立構図が深まる。
尹氏は10日の記者会見で「北朝鮮の不法で不合理な行動には、原則に従い断固として対処する」と語った。弾道ミサイル発射に対する批判にも及び腰だった文政権とは異なる尹氏の姿勢に、北朝鮮は早くから警戒姿勢をあらわにしていた。
北朝鮮の対外宣伝メディア「統一のこだま」は1月、北朝鮮に対する先制打撃能力の確保を主張する尹氏を「戦争狂」と呼び「先制打撃発言は、平和や統一に逆行する時代錯誤で危険千万な妄言だ」と伝えた。
10日の朝鮮中央通信は、金正恩（キム・ジョンウン）総書記が軍事偵察衛星を開発中の国家宇宙開発局を視察したと伝えた。金正恩氏は衛星の開発は在韓、在日米軍や自衛隊の情報収集が目的だと説明した。4月にかけて衛星開発を口実に大陸間弾道ミサイル（ICBM）を発射する可能性が取り沙汰される。
最大の貿易相手先である中国との関係は波乱含みだ。尹氏は米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム（THAAD）の追加配備を掲げる。朴槿恵（パク・クネ）前政権がTHAAD配備を決めた際、中国では大規模な不買運動が起きた。韓流コンテンツの締めだしなど中国が当時繰り出した経済制裁もまだ解かれていない。
文政権が中国に配慮する姿勢を示したことで、韓国の反中感情が強まりむしろ中韓関係はこじれた面がある。尹氏は10日の記者会見で、中国に関しては「相互尊重の韓中関係を築く」とだけ述べた。
TPP加盟「推進」 経済安保で日米と連携
【ソウル=恩地洋介】韓国大統領選に勝利した保守系野党の尹錫悦氏は、環太平洋経済連携協定（TPP）への加盟を推進する方針を公約に盛り込んだ。経済安保の観点から、米国との間で半導体や蓄電池の技術協力を積極化する考えも示している。
韓国は2021年12月にTPPへの加盟申請に向けた手続きを始めると表明した。慎重な対応を求める声が強い産業界や農業団体との合意形成が課題となっている。
尹氏は公約で、2月に発効した東アジアの地域的な包括的経済連携（RCEP）と合わせ「アジア太平洋地域の国家と自由貿易を拡大し、サプライチェーン（供給網）協力を強化する」とうたった。
経済安保に関しては「韓米先端技術同盟」を掲げた。半導体や蓄電池、人工知能（AI）、原子力発電などの分野で、「半導体や蓄電池の競争国」と位置づける中国に対する優位を維持するのが狙いだとしている。
尹氏はこれらの先端技術の中国への流出を警戒しているとみられる。韓国が協力すれば、米国が経済安保の観点から進めるハイテク供給網からの「中国外し」も加速する可能性がある。
日韓関係の改善を前提に日米韓3カ国の経済安保担当閣僚会議を推進する構想も公約で明記した。
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