0001やれやれ、僕は名を失った
2010/09/15(水) 09:09:16切れはしの、折りたたまれてゆくさまを、しかし気の毒といえば気の毒でどの季節も命は短くわれわれ呼吸をなぞってる、
何も一切が変わらずにただ一切が流れてゆく日々、均等はもはやこんなところにしか落ちてない3月は、
歩いて散らす気を散らす、熱いお茶など飲んでみる。
こういう文章を書く人が芥川賞を受賞する時代。
「自由高さH」も長たらしい悪文で成り立っていると思うが、
選考委員には評価する者がいる。
昔なら悪文と言われた文章が、いまや名文なのか?
芥川賞をとるには、句読点を使わない、長たらしくて読みにくい文章で書くのがいいのか?